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大阪地方裁判所堺支部 昭和54年(ワ)266号 判決 1980年1月21日

原告

赤井清弘

被告

木下一男

ほか一名

主文

一  被告木下晴夫は、原告に対し金一〇八万一九五〇円と、これに対する昭和五四年九月一五日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告木下晴夫に対するその余の請求及び被告木下一男に対する請求を、いずれも棄却する。

三  訴訟費用のうち原告と被告木下晴夫との間に生じた分は全部同被告の、原告と被告木下一男との間に生じた分は全部原告の、各負担とする。

四  この判決第一項は仮に執行することができる。

事実

第一各当事者の求めた裁判

一  原告

被告らは各自原告に対し金一一九万一九五〇円とこれに対するそれぞれ訴状送達日の翌日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言。

二  被告ら

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  原告はつぎの交通事故により後記傷害を負つた。

(一) 発生日時 昭和五三年一二月二七日午前七時四〇分頃

(二) 発生場所 岸和田市荒木町二六九番地先道路(十字路交差点)

(三) 事故の態様 原告同乗の普通貨物自動車(六泉つ二四九五号)が右交差点に向つて北から南へ直進してきたところへ、折から東から西へ被告晴夫運転の自動二輪車(泉み六二一六号)が直進してきて両車が衝突。

(四) 原告の負傷内容 右側胸部打撲傷、第八・第九肋骨々折、右足背部打撲傷

2  被告らはそれぞれつぎの事由により本件交通事故によつて原告に生じた後記損害を賠償すべき義務がある。

(一) 被告一男の責任

(1) 同被告は本件加害車両たる自動二輪車の所有者で、自己の運行の用に供していたものであるから、自賠法三条の責任がある。

(2) 仮に右主張事実が認められないとしても、同被告は民法七〇九条又は同法七一四条による賠償責任がある。

本件事故は後記のとおり被告晴夫の過失に基づくものであるところ、晴夫は事故当時一六歳の未成年者で、被告一男は晴夫の親権者たる父親であるから、同人を監督すべき法定の義務がある。本件について言えば、晴夫が加害車両を運転するにつきその運転を誤まり他人に損害を与えることを予見し、損害の発生を未然に防止するため道路における走行を止めるか、走行する場合は十分なる注意をさせる等の監督義務があるのに、被告一男はこれを怠り、その結果晴夫において本件事故を起したものであるから、被告一男の監護義務懈怠と本件事故との間には因果関係がある。したがつて、被告一男は民法七〇九条の不法行為責任がある(昭和四九年三月二二日最高裁判決、判例時報七三七号三九頁参照)。

また仮に晴夫に不法行為の責任能力がないとすれば、被告一男は民法七一四条一項により晴夫が原告に与えた損害を賠償する義務がある。

(二) 被告晴夫の責任

被告晴夫は(被告一男が保有者でないとすれば)本件加害車両の所有者で、これを自らの運行の用に供していたものであるから自賠法三条による賠償責任があるほか、本件事故は同被告のつぎのような過失に基づくものであるから民法七〇九条の不法行為責任がある。

本件事故現場の交差点は、交通整理の行われていない交差点で、かつ東から西に向つて本件交差点に差しかかつた車両の運転者にとつて左右の見通しが困難な状況にあるから、一時停止しまたは徐行して前方左右の安全を確認して交差点に進入すべき注意義務があるのに、被告晴夫はこの安全確認義務を尽さず、却つて時速四〇キロメートルの最高速度指定に違背し、かつ交差点に先入した原告同乗車の優先を無視し、制限速度を超える時速五〇キロメートルで本件交差点に進入して、本件衝突事故を惹起したものである。

3  本件事故により原告に生じた損害額はつぎのとおりで、その合計額は一七三万〇〇六二円となる。

(一) 治療費 一三万八一一二円

(二) 入院雑費 二万六〇〇〇円(入院期間二六日)

(三) 休業損害 八五万五九五〇円

原告(当時四四歳)は本件事故前三カ月間に七二万六七五〇円の給与収入があつたが、本件事故のため昭和五三年一二月二七日から昭和五四年四月一一日まで一〇六日間休業を余儀なくされ、その間の給与収入を逸失した。

(四) 慰藉料 六〇万〇〇〇〇円

原告は、前記傷害のため二六日間入院し、その後八〇日間通院した。折から年末年始の時期で、一家の支柱たる原告が入院生活を送つたため、家族は人並みの正月を迎えることもできなかつた。これは通常の場合より一〇万円くらいは慰藉料額を加算すべき事由となる。

(五) 弁護士費用 一一〇万〇〇〇〇円

4  原告は右損害に対して被告一男から一三万八一一二円(治療費)、日産火災海上保険株式会社から四〇万円の支払を受けた。

5  そこで原告は、被告らに対しそれぞれ未払残額一一九万一九五〇円と、これに対する各訴状が被告らに送達された日の翌日から完済まで民法所定率による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告らの答弁

1  被告一男の答弁

(一) 請求原因1の事実は認める。

(二) 同2のうち「(一)被告一男の責任」に関する主張事実(被告晴夫が被告一男の未成年の子である点を除く。)を否認し、その法的主張を争う。

被告一男が被告晴夫の親権者であり父であることは主張のとおりであるが、晴夫がたまたま本件事故を起したとの一事をもつて、被告一男に親権者としての監督義務違反があつたとは言えない。晴夫は以前に同種事故を起したこともなく、本件事故の発生を予見できる特段の事情はなかつたのであるから、被告一男に晴夫をして運転を中止させるまでの義務はなかつた。被告は晴夫に対し、日頃から、気をつけて運転するように注意を与えていたもので、放任していたわけではなく、被告一男の監督義務はこれによつて果されていたというべきである。ちなみに、本件事故は晴夫ひとりの過失に起因するものではなく、原告が同乗していた貨物自動車の運転者倉永正英も、本件交差点は左右の見通しが困難で、一時停止の標識が設置されていたのに、一時停止のうえ左右道路の安全を確認することを怠り、そのまま時速三〇キロメートルの速度で本件交差点に進入したため、同車左前側面と左側道路から進入してきた晴夫の二輪車とが衝突するに至つた(このため晴夫も加療約三〇日間を要する左手背、左足背打撲傷及び左拇指骨折、左第二踵骨々折などの傷害を負つた)ものである。

運転免許証を有する未成年の子に親が運転を容認したからといつて、一般に事故が生じるとは限らず、事故発生の確率は小さいのであるから、被告一男の行為と、本件原告の損害との間には相当因果関係はない。

また晴夫は、一六歳の高校生であり、二輪運転免許も取得しているくらいであるから、民法七一四条に規定する責任無能力者には該当しない。

(三) 請求原因3の事実は不知。

(四) 同4の事実は認める。

2  被告晴夫の答弁

(一) 請求原因1の事実及び同2のうち「(二)被告晴夫の責任」に関する事実を認める。ただし、右のうち過失態様に関する優先無視との主張は争う。被告車の方が優先道路を進行していたものである。

(二) 請求原因3の事実は不知。

(三) 同4の事実は認める。

第三証拠関係〔略〕

理由

一  請求原因1(事故の発生、態様及び原告の負傷に関する事実)については当事者間に争いがない。

二  そこで、まず被告一男に右交通事故による原告の損害を賠償すべき義務があるか否かについて検討する。

1  原告は、被告一男が被告晴夫運転の本件自動二輪車を所有し、自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条による賠償責任がある旨主張するが、右自動二輪車が被告一男の所有するものであること又は同被告がこれを自己のために運行の用に供していたものであることを認めうる証拠はなく、その他自賠法三条による責任を肯定すべき事由(最判昭和四九・七・一六民集二八巻五号七三二頁参照)についての主張立証はない。

2  原告は、また、被告一男は未成年者である被告晴夫の親権者にして父であるが親権者としての監督義務を尽さなかつたため本件事故が発生した旨主張して被告一男に民法七〇九条に基づく責任があるという。

未成年の子に対する親の監督義務懈怠と子の行為による損害発生との間に相当因果関係がある場合は、たとえ子が責任能力者である場合でも監督義務者たる親に民法七〇九条による責任を問うことができると解すべきことは所論のとおりであり、右理論により、未成年者が起こした交通事故について監督義務者に損害賠償義務を肯定した先例もある(たとえば、東京地裁昭和五二・三・二四、判例時報八六八号五七頁)。

しかし、親の監督義務違背と未成年の子の起こした交通事故との間に相当因果関係を肯定するためには、監督義務者において、未成年の子の交通犯歴、日常生活からうかがえる性格、行動傾向等、あるいは当該自動車運転に従事するに際しての子の精神的・肉体的諸情況、運転の場所、時間等の客観的諸条件などに照して、事故の発生をある程度まで具体的に予見でき、かつその発生を未然に防止する措置をとりえたのに、これをしなかつたがために事故が発生したという事情がなければならない。未成年の子が事故を惹起したからといつて、直ちに親に監督義務違背があるとはいえないのである。けだし、法は未成年者に一定範囲の自動車運転を許容しているのであり(道路交通法八八条)、運転者が成年者であると未成年者であるとを問わず、自動車運転には常に事故発生の蓋然性がつきまとうものであるから、事故発生の単なる蓋然性があるだけでは、たまたま事故が発生したからといつて監督義務者が予見義務及び結果回避義務を尽さなかつた結果だと非難することはできないからである。

ところで本件において、被告一男に右にみたような監督義務違背を肯定できる具体的事由については何らの主張立証もない。成立について争いのない甲第七号証の六及び弁論の全趣旨によれば、わずかに、被告一男は晴夫と同居していること、晴夫は事故当時高校一年生に在学中(年齢一六歳八月)であつたこと、本件事故は晴夫がアルバイト先へ出向く途中の事故であつたことが認められる程度で、右事実に成立に争いのない甲第七号証の四ないし七によつて認められる本件事故の態様を勘案してみても、被告一男に本件事故の結果と相当因果関係のある監督義務懈怠を認めることはできない。この点の原告の主張は理由がないものとして排斥を免れない。

3  さらに原告は、晴夫が責任無能力であるとすれば被告一男は民法七一四条の責任を負う旨主張するが、さきにみたとおり、被告晴夫は本件事故当時年齢十六歳八月(甲第七号証の六によれば、昭和三七年四月二九日生れ)の高校生で、加害行為の法律上の責任を弁識する知的能力をそなえているものと認められるから、民法七一二条、七一四条の無能力(未成年)者には該当しない。したがつて、被告一男が民法七一四条による責任を負担するいわれはなく、原告の主張は理由がない。

4  以上によれば、被告一男には本件事故の結果について帰責事由がないことになり、その余の点について判断するまでもなく、同被告に対する原告の請求は理由がないから排斥を免れない。

三  つぎに被告の晴夫に対する請求について検討を加える。

1  被告晴夫が本件加害車両たる自動二輪車の運行供用者であること、また本件事故について原告主張のような同被告の運転上の過失(ただし原告同乗車の優先を無視したとの点を除く。)が原因をなしていることについては当事者間に争いがない。

したがつて、被告晴夫は自賠法三条により、また民法七〇九条により、本件事故によつて原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。

2  そこで、原告の損害額について以下判断する。

(一)  治療費

いずれも成立について争いのない甲第二ないし第五号証によると、原告は左側胸部打撲傷、第八・第九肋骨々折等当事者間に争いのない前記傷害(請求原因1(四))の治療のため、事故当日の昭和五三年一二月二七日から同五四年一月二一日まで津田診療所に入院して、また同年一月二二日から同年四月一一日までの間右診療所に通院して加療を受け、その間合計一三万八一一二円の治療費を要したことが認められ、この点に関する原告の主張額は理由がある。

(二)  入院雑費

右のとおり原告の入院日数は二六日間であるところ、入院雑費としては日額一〇〇〇円をもつて相当とする。したがつて、その合計額は二万六〇〇〇円となり、原告の請求額は理由がある。

(三)  休業損害

原告本人の供述によつて成立が認められる甲第六号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告(昭和九年三月生れ)はかねてから左官業をしているもので、事故当時は岸和田市荒木町所在の上田工業所こと上田勉の下で稼働し、事故前三カ月間についてみれば、日当九五〇〇円で一カ月に二五日から二六日働き、右三カ月間に合計七二万六七五〇円の稼働収入があつたこと。しかし本件事故による前記負傷のため昭和五二年一二月二七日から同五四年四月一一日まで一〇六日間は働くことができず、稼働収入をあげることができなかつたことが認められる。そこで、事故前三カ月を九〇日とし、その総収入額から平均収入日額を算出し、これに右休業日数一〇六日を乗じて右休業期間中の逸失収入額を算定すると、つぎのとおり八五万五九五〇円となり、原告の主張額は理由がある。

726,750÷90×106=855,950

(四)  慰藉料

原告が二六日間入院し、その後八〇日間にわたつて通院したことは前示のとおりであり、前掲甲第二、第四号証によれば右通院期間中の実通院日数は六三日であることが認められる。右事実に本訴に表われた一切の事情を斟酌して、当裁判所は、原告が右入通院を余儀なくされたことについての慰藉料は五〇万円をもつて相当と思料する。これを超える原告の主張額を是認するに足る証拠はない。

3  以上を要するに、本件事故によつて原告に生じた損害額は、治療費一三万八一一二円、入院雑費二万六〇〇〇円、休業損害八五万五九五〇円、慰藉料五〇万円、合計一五二万〇〇六二円と算定されるところ、右損害に対して原告がすでに被告晴夫の父から直接代位弁済を受けあるいは保険金から支払を受けた金額が合計五三万八一一二円に上ることは、当事者間に争いがない。そこで、これを控除すると、原告が被告晴夫に対して現在有する損害賠償債権額は九八万一九五〇円となる。

4  原告は本訴遂行のための弁護士費用として一一万円を訴求するが、右残存債権額その他本訴審理に表われた一切の事情を勘案して、被告晴夫に負担させるべき弁護士費用としては一〇万円をもつて相当とし、右の限度で原告の請求は理由がある。

5  以上によれば、被告晴夫は原告に対し合計一〇八万一九五〇円とこれに対する原告請求にかかる訴状送達日の翌日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるというべきところ、被告晴夫に対する訴状(昭和五四年(ワ)第四七三号事件の訴状)が同被告に送達された日の翌日が昭和五四年九月一五日となることは本件記録上明らかである。

四  以上の次第で、本訴各請求のうち被告一男に対する請求(昭和五四年(ワ)第二二六号事件の請求)は理由がないから全部棄却し、被告晴夫に対する請求(同年(ワ)第四七三号事件の請求)は金一〇八万一九五〇円とこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で認容し、その余の部分は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条一項但書を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 香山高秀)

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